神戸観光ガイド

神戸観光

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清盛塚

平安時代の末、一時的ではあるものの、神戸が都となったことがありました。平清盛が1180年に進めた福原遷都です。

場所は今の中央区から兵庫区で、平氏拠点の大輪田泊に人工島経ケ島を整備し、拡張した港を見下ろせる山麓に都を整備する計画でした。

その平清盛の供養塔がJR兵庫駅から南東へ歩いて10分の兵庫区切戸町に建てられています。一般に清盛塚と呼ばれているもので、高さ8.5メートル、13重の石塔です。碑文には「弘安9年(1286年)2月」の年号が刻まれています。もとは今の場所より南西10メートルほどの場所にありましたが、1923年に神戸市電の工事で移転されました。

石塔の横には68年に清盛の銅像が建てられました。神戸出身の彫刻家柳原義達さんの手によるものです。清盛の甥で琵琶の名手だった平経正にちなみ、琵琶塚碑も設けられています。

清盛は1181年、源平の合戦が幕を開けた直後に京都で死亡しました。その際、「葬儀は不要。(源)頼朝の首を墓前に備えよ」の遺言とともに、遺体を福原に葬るよう命じたと伝えられています。このため、清盛塚が長く墓所だと考えられてきました。しかし、移転の際の現地調査で遺骨が出てこなかったため、墓ではなく供養塔であることが判明しています。

清盛塚は神戸のほか、山口県下関市の彦島や京都市東山区の六波羅密寺、右京区の祇王寺にもありますが、清盛の墓所がどこにあるのかは今も分からず、歴史のミステリーとなっています。ただ、清盛が神戸に特別な感情を持っていたことは間違いありません。この清盛塚はそんな歴史ロマンを感じさせてくれる場所なのです。

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